こざっぱり!

自分を変えようと奮闘中の闘病中R40独身女。ひっそり楽しくこざっぱり暮らしたい。記事は予約投稿のことも多々あり。反応のタイムラグはごめんなさい。

祖父たちから学ぶ

父方、母親とも、祖母のことは大好きでずっとくっついて回っていた一方、祖父との記憶はあまりありません。

どちらの祖父も、物心ついた時にはすでに引退していて、働いている姿を見たことがなかったので、「ガンガン働き、ガンガン意見を言う人がえらい」と思っていた子供時代の私は、退職後、内向的で派手な趣味や友人関係もなく、地味〜にひっそり暮らす両祖父のことを、面白い人だとも尊敬できる人だとも思っていませんでした。なんならつまらない人だと思っていた気がします(ごめんなさい、おじいちゃん。)。

 

でも、自分が年をとって、ようやく祖父の生活の意味がわかりました。

 

一方の祖父は、ものすごく綺麗好きでした。

毎日毎日、朝食後一息つくと、あっという間に皿を片付け、上から下、玄関から庭まで徹底的に掃除していました。時間にして1、2時間。それが毎日のことです。毎日が大掃除だったんです。

はたきをかけ、畳をはき、磨くべきところは徹底的に吹き磨く。お正月でさえも、二日目からは普段通りです。

のんびりくつろぎたいし、家事が大嫌いだった私には、「そこまでやらなくとも…むしろ時間の無駄では。」「掃除しかやることないのかな。つまらない人だな」と、正直思っていました。

 

でも、長く仕事を休んで自宅休養していた間に、一つ手を抜くと一気に奈落の底に落ちてしまうこと、さらには、仕事がないと時間を持て余し、ただただだらしなく時間を浪費してしまうことを、身を以て知りました。

そしてその体験を経た上で、振り返ってみると、祖父の毎日の大掃除は、お金をかけず、自分の力で、自分の毎日を快適にし、さらには折り目正しい生活をし、自分を堕落から防ぐ、最高の処方箋だったのだなと気がつきました。

 

もう片方の祖父は、職人で、引退後も毎日、自宅の作業場にこもっては、仕事道具を磨いているような人でした。植物が好きな人で、日がな一日、特に派手でもなければ大きくもない庭とも言えないようなスペースの、花の手入れを飽きずにしていました。

 

子供の頃の私は、仕事もしないのに無駄だし、植物のどうこうなんて小さいことより(当時はそれを「小さくてつまらないこと」だと思っていました)、もっと面白くて大きいことをすれば良いのにな、なんて思っていました。

でも、手をかけすぎず、でも必要な時に手を差し伸べられるよう、毎日植物の小さな変化を見逃さず、一つ一つを慈しめたら、それだけで毎日どれだけ楽しいことでしょう。

 

彼もまた、「退屈でつまらない」人なんかじゃなく、むしろ、人生を、時間を楽しむ術を知っていた人だったんだなと、今にしてようやく気がつきました。

テレビでみるような華やかなことだけが楽しみだと思っていた私の方が、よっぽど退屈でつまらない人間だったんです。

 

私は漠然と、時代劇に出てくるご隠居さんのように、無理せず日がな一日機嫌よく楽しく暮らせたら良いなあと思っていたのですが、それって、案外、祖父たちのような暮らしぶりなのかもしれません。

というか、祖父たちのように、飽かずに日々の営みを折り目正しく繰り返せ、お金をかけずにできる日々の営み自体の中に、楽しみを見いだせる人でないと、そういう生活はできないのかもしれません。

 

残念ながら、私は緑の手ならぬ暗黒の手の持ち主で、どんなにダメな人でも育てられると言われるような鉢植えの観葉植物でさえ、あっという間に枯らしてしまった前科多数。

なので、ガーデニングは無理かもしれませんが、まずは掃除から、祖父を見習いたいと思います。