10代の頃読んだ村上春樹さんの小説だったかエッセイだったかに「小確幸」という単語がありました。
意味は「小さいけれど確かな幸せ」だったかな。ささやかだけれど、確実に自分がハッピーになれること、みたいな意味だったと思います。
読んだ当時はふーんっていう程度の感想だったのだけれど、大人になるにつれて、年々その大事さがわかるようになってきました。
社会人になると、自分の都合の良いようにはいかないことばかり。自分以外の人に振り回されるうちに、いつしか自分自身さえ自分の思うようには動かなくなっていきます。そうなると、だんだん何が楽しいのかがわからなくなり、何をしても楽しめなくなっていく。
そんな日々の中、私が今一番目指したいのが、立派な人になることでもなく、人から羨まれるような人になることでもなく、ただただ毎日を機嫌よく過ごせる人になること。
そのために、必要なのは、どんな時でも自分次第で手に入れられる「小確幸」。自分の機嫌を良くする魔法だと思うんです。
今私には何があるかな?
大好きなチョコレートショップのショコラショーとシャンパントリュフ。
みずみずしくて甘酸っぱいとっておきのイチゴ。
丁寧に淹れてもらったフォームたっぷりのカフェラテ。
深い赤のアッサムのミルクティー。お芋のような香りも色もただ深い。
いつだってただただ真っ当な食パンであり続けてくれる、ペリカンの食パン。たっぷりのバターを乗せて。
SADEの深い河のような声に、いつだって虹色に輝いているシンディ・ローパー。小沢健二の「ある光」。
パラパラっと読む短編のどれからも、バランス感覚に優れた作者の視線と笑いが見え隠れするチェーホフ。
その時々で胸を打つ場所が変わる源氏物語。
開くたび遠くの世界へ連れて言ってくれるハドリアヌス帝の回想。
グールドの木琴のようなピアノの響き。疾走するゴールドベルクと耽溺するブラームス。そしてバックハウスのブラームス。フルニエのチェロの音色。
深呼吸が深くなる夜間飛行の香り。
子供の頃から大好きなWe'reの甘くて可愛い香り。
こんもりとしたフューシャ色のピオニー、凛としたあやめ。
真っ白のベッドリネンにカシミアの毛布。
いつどのページを開いてもただただ懐かしい、おばあちゃんからもらった絵のない絵本。
人気のない夜のプール。
自分の体と向き合うバレエのレッスン。
いつどこから見ても、毎日美しいなと惚れ惚れする、機能的なAlfiのポット。
どんな真夜中でも変わらずキラキラしている夜景。
何もかも投げやりになっていた日々は、こういうものの存在すら忘れていました。
そういう日がまた来ないとも限りません。
一度そういう経験をしてしまうと、今は回復しているはずだ、順調だと思っていても、実は日々奈落の底と隣り合わせで生きていて、いつ何時何がきっかけで、ブラックホールに陥らないとわからないというそこはかとない不安が常につきまといます。
だからこそ、何が楽しいかわかっているうちに、探せるくらい元気なうちに、なるべくたくさんの魔法を身につけておきたいと思います。
大人になった私には、キャッチャー・イン・ザ・ライは待っていても現れてくれません。自分自身が自分をちゃんとキャッチして救ってあげなきゃいけないんですよね。